THE WORLD FINE WINE | ニュージーランド / ホークス・ベイ(ギムレット・グラヴェルズ) / メルロ主体ボルドーブレンド
「この事業は、まさに家族の遺産にふさわしい」(原文:”This business truly lends itself to a family legacy.”)— 創業者テリー・ピーボディの言葉
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ワイナリー名 | クラギー・レンジ(Craggy Range) |
| 設立年 | 1998年 |
| 所在地 | ニュージーランド北島 ホークス・ベイ、ハブロック・ノース(テ・マタ・ピーク麓) |
| 創業者 | テリー&メアリー・ピーボディ夫妻(共同創設にスティーブ・スミスMW) |
| 主要品種 | メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、シラー、ピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブラン |
| 代表ワイン | ソフィア、ル・ソル、テ・カフ |
| 参考価格帯 | 約3,700円〜11,000円 |
一族の資産を1000年間、売却できないようにする——そんな信託を設定したワイナリーが、南半球にある。ニュージーランド北島ホークス・ベイのクラギー・レンジだ。未開拓の土地から出発し、四半世紀で「The World’s Most Admired Wine Brands」に2020年から2024年まで5年連続でTop50入り。2024年1月にはジャシンダ・アーダーン元首相が結婚式の舞台に選び、同年の『ワイン・スペクテーター』Top 100では自社のソーヴィニヨン・ブランが11位に入った。
だがこのワイナリーの本領は、白ワインではない。旧河床の砂利の上で育つ、メルロ主体のボルドーブレンドにある。サンテミリオンの造形を、マオリの伝説が息づく土地で再現する——その物語を追ってみたい。
歴史|夕食の席で始まった、1000年の計画
1993年、家族に「包囲」された夜
物語の始まりは、ブドウ畑ではなく食卓だ。廃棄物処理業で成功した実業家テリー・ピーボディが4週間の出張から戻った1993年のある晩、妻メアリーと娘メアリー・ジーンが夕食を用意して待っていた。長い、しかし目的のある食事だった。ワイン事業を始めることに同意するまで、テリーは席を立たせてもらえなかったという。家族が求めたのは、世代を超えて受け継げる「家族の遺産」だった。
そこからピーボディ家は、フランス、アメリカ、オーストラリアと候補地を巡る。最終的に選んだのがニュージーランドだ。冷涼な気候、農業への深い伝統、そして開拓者精神。テリーが他のどこにも見出せなかったものが、この島国にはあった。
1998年、MWと組んで「更地」から
クラギー・レンジの設立は1998年。パートナーに迎えたのは、世界初のブドウ栽培専門マスター・オブ・ワイン、スティーブ・スミスMW(1996年MW取得)だ。既存の有名ワイナリーを買収するのではなく、未開拓の土地を選び、最初の一樹から品質を積み上げる。二人はホークス・ベイのギムレット・グラヴェルズと、マーティンボロのテ・ムナ・ロードという2つの土地に狙いを定めた。
そして創業の約束を形にしたのが、冒頭で触れた1000年信託だ。クラギー・レンジの資産は家族の外へ一切売却・処分できない。品質を守るためなら1ヴィンテージ丸ごと諦める犠牲も厭わなかったと、ワイナリーは公式に語っている。
2024年、世界が認めた四半世紀
創業から四半世紀。2024年1月、アーダーン元首相の結婚式がこのワイナリーで執り行われ、テ・カフとソーヴィニヨン・ブラン テ・ムナが供された。同年の『ワイン・スペクテーター』Top 100 Wines of 2024ではソーヴィニヨン・ブラン テ・ムナ 2023が11位。さらにGreat Wine Capitalsの「Best Of Wine Tourism Awards」ではニュージーランドのワイナリーとして初のグローバル・ウィナーに輝いた。現在は三世代のピーボディ家が経営に携わる。夕食の席の約束は、確かに受け継がれている。
テロワール|ギムレット・グラヴェルズ、砂利がつくる「南のボルドー」
クラギー・レンジのボルドーブレンドを支えるのは、ホークス・ベイの特別区画ギムレット・グラヴェルズ(Gimblett Gravels)だ。ここは川が流路を変えた跡に残された旧河床で、深さ40メートル以上に及ぶ砂利層の土地。この地特有のグレイワッキ(Greywacke stone、灰色の石)と砂、シルトが層をなす。
石は日中に熱を蓄え、夜間も畑を暖める。そのため冷涼な海洋性気候のホークス・ベイにありながら、この区画だけ気温が2〜3℃高い。痩せた砂利土壌は保水力が低く、雨の後でも樹勢を適切に抑えられる。ボルドーより日照の少ない土地で、リッチな果実味とエレガンスを両立した赤が生まれる理由がここにある。サンテミリオンが粘土と石灰でメルロを育てるなら、ギムレット・グラヴェルズは砂利の蓄熱でメルロを熟させる。手段は違えど、目指す造形は近い。
| 畑名 | 場所 | 土壌の特徴 | ワインのスタイル |
|---|---|---|---|
| ギムレット・グラヴェルズ(Gimblett Gravels) | ホークス・ベイ | グレイワッキ(Greywacke)の砂利・砂・シルト層、深さ40m超。蓄熱により周囲より2〜3℃温暖 | メルロ主体のボルドーブレンド、シラー、シャルドネ。濃密かつ冷涼感のある赤 |
| テ・ムナ・ロード(Te Muna Road) | マーティンボロ | 約2万年前のアルビ・フルヴィック土壌(alvi-fulvic soil)と小石混じりの石灰質 | ピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブラン。アロマティックで純粋 |
醸造家|MWの設計図と、若き才能の現在
クラギー・レンジの醸造は、スティーブ・スミスMWが敷いた「シングル・ヴィンヤードの思想」を、現醸造責任者ベン・トゥームズが受け継ぐ体制だ。創業期のスミスMWは、栽培学の権威リチャード・スマート博士の下で研究を積んだ科学者肌の造り手。畑ごとの個性をボトルに写し取るブルゴーニュ的な設計図を、ボルドー品種の土地に持ち込んだ。
現在指揮を執るベン・トゥームズはマールボロ出身。17歳でブドウ栽培に目覚め、ブルゴーニュ、オレゴン、ヤラ・ヴァレーで経験を積み、2020年にニュージーランド・ヤング・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
「クラギー・レンジの醸造とは、バランスだ」(原文:”Winemaking at Craggy Range is about balance.”)— 醸造責任者ベン・トゥームズの言葉
トゥームズは、それぞれ固有の声を持つ畑の表現を、できる限り純粋にボトルへ導くことが自分たちの仕事だと語る。実際、テ・カフ2021の新樽比率は18%、ソフィア2021でも33%。樽で塗り固めず、手摘み100%(ソフィア)や8,000Lのフレンチオーク発酵槽といった手間のかかる工程で果実の輪郭を保つ。畑それぞれの固有の声を、ボトルに反映させるメルロ——それがこの家の流儀だ。
ワインラインナップ
クラギー・レンジのラインナップは、頂点のプレステージ・コレクション(ソフィア、ル・ソル)と、読者がまず手に取れるシングル・ヴィンヤード・シリーズ(テ・カフほか)の二層構造だ。
Signature Wine|ソフィア
ソフィア(Sophia) 国内参考価格 約11,000円
ギムレット・グラヴェルズのメルロ主体ボルドーブレンドで、クラギー・レンジの「叡智(Sophia)」を冠したフラッグシップ。2021年ヴィンテージはワイン・アドヴォケイト94+点、ジェームス・サックリング93〜94点と評価も安定して高い。手摘み100%、フレンチオーク発酵槽、新樽33%で17ヶ月熟成。プラムやハーブのアロマにしなやかなミッドパレット——ボルドー右岸の文法で書かれた、南半球の秀作だ。なお兄弟分のシラー「ル・ソル」はワイン・アドヴォケイトで95〜97点の常連で、ワイナリーの実力を裏付けている。
Premium Wine|テ・カフ——Fine Wineの入口
テ・カフ ギムレット・グラヴェルズ・ヴィンヤード(Te Kahu) 実売4,840円(税込)
このブログでまず薦めたい1本。2021年はメルロ49%、カベルネ・ソーヴィニヨン34%、カベルネ・フラン12%、マルベック3%、プティ・ヴェルド2%という、絵に描いたような右岸型ブレンドだ。ジェームス・サックリング93点。完熟カシスやブラックオリーブの濃密な香りに、甘草とダークチョコレートのフレーバー、丸みのあるタンニン。輸入元も「ギムレット・グラヴェルズのボルドースタイルとして典型的」と評する。
「テ・カフ」はマオリ語で「マント」。ワイナリーを包む霧を指し、伝説では、恋する乙女が想い人テ・マタを訪ねる際に太陽から身を守った霧だという。5,000円を切る価格でこの物語と構造が手に入るのだから、サンテミリオンの好きな中級者が新世界に踏み出す最初の1本として、これほど適した赤はなかなかない。ワインエキスパートの視点で言えば、同価格帯のサンテミリオン衛星地区(モンターニュ、リュサック)と比べても、果実の純度と冷涼感の共存はテ・カフに分がある。

Casual Wine
シングル・ヴィンヤード・シリーズの白も3,000円台で優秀だ。ソーヴィニヨン・ブラン テ・ムナ(実売約3,700円、2023年ヴィンテージがワイン・スペクテーターTop 100 of 2024で11位)、シャルドネ キッドナッパーズ・ヴィンヤード(実売約3,700円)。
よくある質問|クラギー・レンジ
Q. クラギー・レンジはどんなワイナリー?
A. クラギー・レンジは、1998年にピーボディ家がニュージーランド・ホークス・ベイに設立した家族経営ワイナリーだ。資産を家族外へ売却できない「1000年信託」で知られ、ギムレット・グラヴェルズのボルドーブレンドとマーティンボロのピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブランで世界的評価を得ている。
Q. テ・カフはどんな味わい?
A. テ・カフ2021はメルロ49%主体のボルドーブレンドで、完熟カシスやブラックオリーブの濃密な香りに、丸みのあるタンニンと冷涼感が同居する。サンテミリオンなど右岸ボルドーが好きな人なら、そのまま気に入る可能性が高い。ジェームス・サックリング93点。
Q. クラギー・レンジのワインはどこで買える?価格は?
A. 日本の正規輸入元はWINE TO STYLEで、全国のワインショップや通販で購入できる。価格はソーヴィニヨン・ブランやシャルドネが約3,700円、テ・カフが4,840円、フラッグシップのソフィアが約11,000円だ。
Q. テ・カフに合う料理は?
A. ラムチョップのローストや牛ほほ肉の赤ワイン煮込みなど、赤身肉の料理が王道だ。タンニンが丸いので、すき焼きや味噌ベースの煮込みといった甘辛い和食にも寄り添う。飲む1時間前の抜栓をすすめたい。
Q. ニュージーランドのメルロの中で、クラギー・レンジはどんな位置づけ?
A. ニュージーランドのメルロ/ボルドーブレンドの銘醸地はホークス・ベイのギムレット・グラヴェルズに集中しており、クラギー・レンジはその区画を代表する造り手の一つだ。「南半球のサンテミリオンスタイル」を体感する入口として、ワインエキスパートの立場からも最初に名前を挙げたい存在といえる。
まとめ
1993年の夕食の席で交わされた約束は、1000年信託という形になり、ギムレット・グラヴェルズの砂利の上で今も生き続けている。まずはテ・カフ(4,840円)で霧の伝説を口に含み、いつかソフィア(約11,000円)で「叡智」の頂に触れる。クラギー・レンジのグラスの中には、家族が世代を超えて受け継ぐと決めた物語が、確かに注がれている。
THE WORLD FINE WINE | Fine wine begins with a great story.